運動会のリレー競技で、抜かされた我が子を見て、「俺の子どもだから遅くても仕方がないか…」とか、音楽会で後ろの方の目立たないところで、恥ずかしそうに演奏している我が子を見て、「私の子どもだから音痴でも仕方ないか…」とか、学校の授業参観で、教室に掲示してある絵画の作品を見て、「僕の子どもだから下手でも仕方ないか…」などなど。

これらはすべて、子どもの素質の無さを親が認めてしまっている場面です。

でも、こと勉強となると「努力が足りない」「やれば出来るのに」などと言ってしまうのはどうしてでしょう?

誤解を恐れずに申し上げますが、勉強にも“素質”が存在します。だから、短時間で成果を上げられる子もいれば、長時間かかってもなかなか成果の出ない子もいます。

だから、結果だけで判断すると危険です。勉強する課程、努力する課程、何か工夫できないかと考える過程、これらが将来生きていく上で、大きな財産となるのです。

“努力”って、実は誰もが出来るわけでは無いのです…。
勉強を集中してやった後は、すごくおなかが減るはずです。
からだを動かしているわけでは無いのに不思議な感じがしますが、最近の研究で“頭を使うことは体を使うことよりも5倍もきつい”という事が分かってきたそうです。

だから勉強に関して努力する事は、頭に多くの“負荷”をかけることであり、かなりきついことなのです。

決して楽をして結果を得ることは難しいのです…。